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日本国永遠の独立と発展を(政治面・経済面問わず)願いつつ、様々な情報の周知活動や考察をしていくブログです。売国政治家とマスコミは許しません。

弥栄!ニッポン

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2009
12/26
Sat
Category:政治活動

不快感を与えない伝え方 

今日の更新ギリギリですねorz
先日渋谷の街宣活動に行った時の記事を書きました。実はその日渋谷に向かう途中「街宣右翼」と呼ばれているような団体が街宣車を走らせていました。

その時の音が本当に凄まじかった。家の中にいてもうるさくって、外に出たらもう騒音って表現が生易しいぐらいの「音」だった。声なのか音楽なのかさえ分からなかった。
ようやく音楽らしきものが止んだと思ったら、とてつもなく感じ悪い声がした。
しかも、その声が感じ悪い所は超大音量で見下したように叫ぶこと。「お前らは非国民なんだよ、非国民!」と大声で言ってた時は心の底から嫌悪感を抱きましたね。

少ししたら警官との小競り合いが始まった。それも車道に出たせいで何人もの通行人の邪魔になって。
この人たちの主張は朝鮮人や中国人・警察などの機関を批判する内容でした。

これらの様子と、渋谷やNHKでの街宣活動を比べると、やはり伝え方に問題があると言わざるを得ません。あんな方法では、一般人に嫌悪感と恐怖を抱かせるだけだと。
そして私は嫌悪した。なぜなら私は天皇陛下を尊敬している、日本が好きで未来が心配だ。彼らもそういう類の言葉を街宣車で主張している。これでは、私たちがそういう事を言うとあの連中と同類に見られてしまう。私にはそれが堪らない。
my日本に「行動起こしてくれた方々には敬意は払ってもいい」、『あのデモでは一般人がひく、今後の保守活動に影響がある。』というのは自分の力量不足を他人のせいにしている、という意見があったが、それでもああ思わずにわいられなかった。

また、このサイトのように街宣右翼の正体を知っている人もいるが、それはまだ少数派というのが私の印象だ(まだこの手の情報に詳しくないので何とも言えないが…)。それがとても歯がゆい。
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     テーマ:これでいいのか日本
     ジャンル:政治・経済
Posted on 23:58:37 «Edit»
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 批判の作法
私はあやしげな自称左翼(本職の左翼の人からはあまり認めてもらっていませんが)なので、聞き流していただいてもかまいませんが、リンク先にある「街宣右翼の正体を知っている人」の批判の仕方にも、強い嫌悪感をいだきます。要するに、「あいつらは在日と部落だから俺たちとは違う」みたいに書いてありますよね。

右翼の中にも怒鳴るばかりではなくて、比較的言論で勝負している人がいて、そういう人とは会話が成立することもあるのですが、彼らはあなたがたのような差別はしませんよ。在日であろうが被差別部落出身であろうが、共に国を憂う仲間として敬意をはらっています。もちろん、納得できないことには「批判」しますが、「差別」はしません。

イスラエル兵でも、民族的にはユダヤ人だが、人種的には非白人(有色人種)の兵士は、一番危険な最前線に回されることが多い。私はそういう差別に対して、彼らが不満を持っているだろうなと思っていたんですが、実際にはそうではなく、有色人種であるがゆえに逆に国家への忠誠を必死で示そうとする、「俺はユダヤ人だ」と思いたいという気が強くて、パレスチナ人へを見下した差別意識が強く、残虐なことでも平気でするそうです。それを白人系のユダヤ人が「やっぱりあいつら黒人や黄色だな、俺たち白人とは関係ないよ」とか言ったらどう感じます?

右翼の行動を内容や行為において批判するのはかまいませんが、「チョンや部落だよ」と言うような内容で差別するのは、彼らの行為と同じくらい「一般人に嫌悪をいだかせる」のではありませんか?
  by 草加耕助
 
確かにその通りですね。
不愉快な思いをさせてしまい申し訳ありません。
私は、そのような差別を意図した訳ではないのですが、そう受け取られるようなリンクを乗せてしまいすみません。
差別ではなく、敬意を持った批判を心がけたいです。
  by ジュンれーく
 コメント 
批判の作法
私はあやしげな自称左翼(本職の左翼の人からはあまり認めてもらっていませんが)なので、聞き流していただいてもかまいませんが、リンク先にある「街宣右翼の正体を知っている人」の批判の仕方にも、強い嫌悪感をいだきます。要するに、「あいつらは在日と部落だから俺たちとは違う」みたいに書いてありますよね。

右翼の中にも怒鳴るばかりではなくて、比較的言論で勝負している人がいて、そういう人とは会話が成立することもあるのですが、彼らはあなたがたのような差別はしませんよ。在日であろうが被差別部落出身であろうが、共に国を憂う仲間として敬意をはらっています。もちろん、納得できないことには「批判」しますが、「差別」はしません。

イスラエル兵でも、民族的にはユダヤ人だが、人種的には非白人(有色人種)の兵士は、一番危険な最前線に回されることが多い。私はそういう差別に対して、彼らが不満を持っているだろうなと思っていたんですが、実際にはそうではなく、有色人種であるがゆえに逆に国家への忠誠を必死で示そうとする、「俺はユダヤ人だ」と思いたいという気が強くて、パレスチナ人へを見下した差別意識が強く、残虐なことでも平気でするそうです。それを白人系のユダヤ人が「やっぱりあいつら黒人や黄色だな、俺たち白人とは関係ないよ」とか言ったらどう感じます?

右翼の行動を内容や行為において批判するのはかまいませんが、「チョンや部落だよ」と言うような内容で差別するのは、彼らの行為と同じくらい「一般人に嫌悪をいだかせる」のではありませんか?
確かにその通りですね。
不愉快な思いをさせてしまい申し訳ありません。
私は、そのような差別を意図した訳ではないのですが、そう受け取られるようなリンクを乗せてしまいすみません。
差別ではなく、敬意を持った批判を心がけたいです。
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